●すべてを失った僕が再出発をするには、地元での生活は苦痛でしかないので出て行くことにしました。
    1から人間関係を作り、仕事も社会にもまれて強くなり、すべて自分の人生を自分の力で送れるように
    ならなければ、この先人生の成功はないと思っていました。

    まず、決めなければ行けないのは住む場所。ちょうどそんなとき横浜に遊びに行くことが多くなり、
    横浜の街が気に入りました。ここでなら楽しく暮らしながら人間力を上げられると感じたので、横浜に決めました。
    
    次に決めたのは、横浜での生活をするのに必要な住まいと仕事でした。
    仕事はかながわanで探し、自分が『いいな』と感じたところに決めました。
    営業職です。しかも訪問販売の会社でした。
    
    一般的には訪販というと押し売り商法の会社といったイメージをお持ちだと思いますが、
    おかしい会社が現実的に長く存在できないことはわかっていましたので、ちゃんとした会社であれば、
    『最高のコミュニケーション』を学べるし、稼げると判断しました。
    仕事はもちろん楽なものではありませんでしたが、1からの出直しの僕にとってはハードルは高いほうがいい、
    社会人として10年の遅れを取り戻すには厳しくて当たり前と思っていましたので苦ではありませんでした。
    
    住まいも不動産屋さんにたくさん探してもらい、納得いく物件に決めました。家賃が少し高かったけど、
    『せっかく好きな街に住むのに、自分の住まいに不満があると長く住めない』と思っていたので妥協はしませんでした。

    こうして環境を整えてスタートした新生活でしたが、すべてが勉強の状態なので楽ではありませんでした。
    でも自立した強い人間になるには必要なことでしたから、できるようになった今、よかったと思います。

    仕事では沢山の人の出会いのおかげで、自分という人間の方向性を掴むことができましたし、人間関係についても
    沢山のことに気づくことができました。毎月、成功哲学の本や営業の本、人間学の本など沢山の本を読みました。
    いまの僕のベースになっています。いまでも読書は続けていますしこれからも続けていきます。
    沢山のことを学べた職場でしたが、残念ながら僕は稼げなかったのです(苦笑)
    生活するには全然足りない状態でしたから、自分の人生でやりたいことを見つけた僕は転職を決めました。
    何を見つけたかはみなさんもお解りだと思いますが後で書くことにします。

    新生活を始めてからは、すべて自分の『心の判断』に素直にしたがって決めて生きてきたので、
    いま納得していないということはありません。
    本当に『あれやりたいな』と思ったことは、旅行もしたし、ダーツもしたし、パソコンの学校にも行ったし、飲み会もしたし、
    ひとりでBARに行くこともしました。そして『なんか嫌だな』と思うことはどんなに良さそうでもしませんでした。
    その判断が正しかったから納得した生活ができているのだと思いますし、そうあることが嬉しく思います。
    
    そういった精神的安定のおかげで、自分が何をしたいのか気づくことができました。
    30歳のときにすべてを失ったことも、今思えば大切なことに気づく為の試練だったとさえ思います。
    いまはっきりとわかっていることは、自分の心の声を大切にしています。
    心の声を聞いたときは、理性には『今はだまってろ!』といいます。理性という奴は、とにかく反対したがりますから。
    そして僕の心は『サーキットに戻れ!そして自分の魂を燃やして、情熱で自分を表せ!』と。

    こうしていろんなことを経験したからわかることができた気持ちを大切に、納得いく人生にするために、
    僕はサーキットに戻ります!

                                                                         


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